山の際ゆ出雲の子らは霧なれや
吉野の山の嶺にたなびく
- 歌の意味
-
山の間から出る雲、その名をもつ出雲の娘は霧なのだろうか。吉野の山の嶺にたなびいている。
- 鑑賞
-
巻第三 挽歌 429
詞書「溺れ死にし出雲娘子を吉野に火葬する時に、柿本朝臣人麻呂の作る歌二首」
溺れて死んだ出雲娘子を吉野で火葬した時の歌二首の一首目である。娘子の名の「出雲」に、山の間から雲が出るという意を掛け、火葬の煙が吉野の山の嶺にたなびくさまを、霧となった娘の姿として詠んでいる。前歌の土形娘子の歌と同じく、火葬の煙に死者の姿を見る歌である。
溺れて死んだ出雲娘子を吉野で火葬した時の人麻呂の歌二首は、娘子の名の「出雲」に雲を重ね、その姿を吉野の霧や川に漂う黒髪にしのんだ一連である。
作者の柿本人麻呂は、持統朝から文武朝にかけて活躍した宮廷歌人で、長歌と短歌の両方にすぐれ、後世「歌聖」と仰がれた。官位は低く、その生涯には不明な点が多い。
初句「山の際ゆ」 山の間から、の意で、「ゆ」は起点を表す。前歌の三句「山の際に」と同じ語である。山の間から雲が出ることから、次の「出雲」を導いている。
二句「出雲の子らは」 「出雲」は娘子の名で、山の間から雲が出る意を掛けている。「ら」は親しみを表す接尾語である。
三句「霧なれや」 「なれ」は断定の助動詞の已然形、「や」は疑問で、霧なのだろうか、の意である。
四句「吉野の山の」 吉野の山の、の意である。
結句「嶺にたなびく」 嶺にたなびいている、の意で、霧となった娘の姿を描いて結んでいる。
いづも:娘子の名。山の間から雲が出る意を掛ける
- 作者
-
柿本人麻呂
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
こもりくの初瀬の山の山の際に いさよふ雲は妹にかもあらむ
- 次の歌
-
八雲さす出雲の子らが黒髪は 吉野の川の沖になづさふ