妹と来し敏馬の崎を帰るさに
ひとりし見れば涙ぐましも
- 歌の意味
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妻とともにやって来た敏馬の崎を、帰り道にひとりで見ると、涙ぐんでしまうことだ。
- 鑑賞
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巻第三 挽歌 449
詞書は前の歌に続き「天平二年庚午冬十二月、大宰帥大伴卿の京に向かひて上道する時に作る歌五首」
帰京の途上で詠んだ五首の四首目である。往路に妻とともに通った敏馬の崎を、帰り道にひとりで見て、涙ぐんでしまうと詠んでいる。「妹と来し」と「ひとりし見れば」とが対比され、妻のいない帰り道の寂しさがきわだっている。次歌の左注に、この二首は敏馬の崎を過ぎる日に作った歌とある。
天平二年(730)の冬十二月、大納言に任じられて大宰府から都へ上る途中の旅人が、往路に亡き妻とともに見た鞆の浦と敏馬の崎の景を、ひとりで再び見て詠んだ一連である。
作者の大伴旅人は大伴安麻呂の子で、中納言、大宰帥を経て大納言に至り、天平三年(731)に没した。漢詩文の教養に富み、大宰帥として筑紫にあった時には、山上憶良らとともに歌の交流の中心となった。
初句「妹と来し」 妻とともに来た、の意である。
二句「敏馬の崎を」 敏馬の崎は摂津国の岬で、現在の神戸市灘区のあたりである。
三句「帰るさに」 「さ」は時を表す接尾語で、帰る時に、の意である。
四句「ひとりし見れば」 「し」は強意の副助詞で、ひとりで見ると、の意である。初句の「妹と」と対比している。
結句「涙ぐましも」 涙ぐんでしまう、の意で、「も」の詠嘆で結んでいる。
かへるさ:帰る時、帰り道
- 作者
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大伴旅人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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磯の上に根延ふむろの木見し人を いづらと問はば語り告げむか
- 次の歌
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行くさにはふたり我が見しこの崎を ひとり過ぐれば心悲しも