かくのみにありけるものを萩の花
咲きてありやと問ひし君はも
- 歌の意味
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こうなるばかりの運命であったのに、萩の花は咲いているかとお尋ねになった君よ。
- 鑑賞
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巻第三 挽歌 455
詞書は前の歌に続き「天平三年辛未の秋七月、大納言大伴卿の薨ぜし時の歌六首」
大伴旅人の死を悼んだ歌六首の二首目である。死を目前にしていたのに、庭の萩の花は咲いたかと尋ねた主人の姿を思い出し、深く悲しんでいる。病床にあっても花を気にかけた旅人の風雅な心と、それが最期の言葉となった無念とが、短い言葉の中に込められている。
天平三年(731)秋七月、大納言大伴旅人が亡くなった時の歌六首は、仕えた主人を失った悲しみを詠んだ一連である。五首目の左注に、この五首は資人の余明軍が、主人を慕う心に堪えられず、心に深く感じて作った歌である、とある。
作者の余明軍は百済系の渡来人の子孫とされる人物で、大伴旅人の資人、すなわち従者であった。
初句「かくのみに」 こうなるばかりに、の意で、死という結末を指している。
二句「ありけるものを」 「ものを」は逆接で、そうであったのに、の意である。
三句「萩の花」 萩は秋の七草の一つで、旅人が愛した花である。
四句「咲きてありやと」 「や」は疑問で、咲いているかと、の意である。
結句「問ひし君はも」 「はも」は思慕の詠嘆で、尋ねたわが君よ、と主人をしのんで結んでいる。
はぎ:萩。秋の七草の一つ
- 作者
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余明軍
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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はしきやし栄えし君のいましせば 昨日も今日も我を召さましを
- 次の歌
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君に恋ひいたもすべなみ葦鶴の 哭のみし泣かゆ朝夕にして