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君に恋ひいたもすべなみ葦鶴の
哭のみし泣かゆ朝夕にして

歌の意味
わが君を恋い慕って、どうしようもないので、葦辺の鶴のように声を上げて泣いてばかりいる。朝にも夕にも。
鑑賞
巻第三 挽歌 456

詞書は前の歌に続き「天平三年辛未の秋七月、大納言大伴卿の薨ぜし時の歌六首」
 大伴旅人の死を悼んだ歌六首の三首目である。主人を恋い慕ってどうしようもなく、葦辺の鶴が鳴くように、朝も夕も声を上げて泣いてばかりいると、絶えることのない悲しみを詠んでいる。鶴の鳴き声に自らの泣き声を重ねた表現である。
 天平三年(731)秋七月、大納言大伴旅人が亡くなった時の歌六首は、仕えた主人を失った悲しみを詠んだ一連である。五首目の左注に、この五首は資人の余明軍が、主人を慕う心に堪えられず、心に深く感じて作った歌である、とある。
 作者の余明軍は百済系の渡来人の子孫とされる人物で、大伴旅人の資人、すなわち従者であった。

 初句「君に恋ひ」 わが君を恋い慕って、の意である。
 二句「いたもすべなみ」 「いたも」はひどく、「すべなみ」は方法がないので、の意で、どうしようもないので、の意である。
 三句「葦鶴の」 葦辺にいる鶴のことで、鶴が声を上げて鳴くことから「哭」を導いている。
 四句「哭のみし泣かゆ」 「哭」は声を上げて泣くこと、「ゆ」は自発で、声を上げて泣いてばかりいる、の意である。
 結句「朝夕にして」 朝にも夕にも、の意で、倒置によって悲しみの絶え間なさを示して結んでいる。

あしたづ:葦辺にいる鶴
ね:声を上げて泣く声
作者
余明軍
出典
万葉集
前の歌
かくのみにありけるものを萩の花 咲きてありやと問ひし君はも
次の歌
遠長く仕へむものと思へりし 君しまさねば心どもなし