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みどり子の匍ひたもとほり朝夕に
哭のみぞ我が泣く君なしにして

歌の意味
幼子が這いまわって泣くように、朝も夕も、声を上げて泣いてばかりいる。わが君がいなくなって。
鑑賞
巻第三 挽歌 458

詞書は前の歌に続き「天平三年辛未の秋七月、大納言大伴卿の薨ぜし時の歌六首」
 大伴旅人の死を悼んだ歌六首の五首目である。主人を失った自分を、頼るものを失って這いまわり泣く幼子にたとえ、朝も夕も泣いてばかりいると、なすすべもない悲しみを詠んでいる。左注に、この五首は資人の余明軍が、主人を慕う心に堪えられずに作った歌である、とある。三首目の「哭のみし泣かゆ朝夕にして」と同じ趣の句を重ね、悲しみの深さを示している。
 天平三年(731)秋七月、大納言大伴旅人が亡くなった時の歌六首は、仕えた主人を失った悲しみを詠んだ一連である。五首目の左注に、この五首は資人の余明軍が、主人を慕う心に堪えられず、心に深く感じて作った歌である、とある。
 作者の余明軍は百済系の渡来人の子孫とされる人物で、大伴旅人の資人、すなわち従者であった。

 初句「みどり子の」 みどり子は乳幼児のことである。
 二句「匍ひたもとほり」 「たもとほる」は行きつ戻りつする意で、這いまわって、の意である。ここまでが自らの姿のたとえとなっている。
 三句「朝夕に」 朝にも夕にも、の意である。
 四句「哭のみぞ我が泣く」 「ぞ」は係助詞で、連体形「泣く」と係り結びとなる。声を上げて泣いてばかりいる、の意である。
 結句「君なしにして」 わが君がいなくなって、の意で、倒置によって悲しみの理由を示して結んでいる。

みどりこ:乳幼児
たもとほる:行きつ戻りつする、さまよう
作者
余明軍
出典
万葉集
前の歌
遠長く仕へむものと思へりし 君しまさねば心どもなし
次の歌
見れど飽かずいましし君が黄葉の うつりい行けば悲しくもあるか