うつせみの世は常なしと知るものを
秋風寒み偲ひつるかも
- 歌の意味
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この世は無常なものだと知っているのに、秋風が寒いので、亡き人をしのんでしまうことだ。
- 鑑賞
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巻第三 挽歌 465
詞書「朔移りて後に、秋風を悲嘆して家持の作る歌一首」
月が改まって秋になった後、吹く秋風を悲しんで詠んだ歌である。この世が無常であることは知っているのに、秋風の寒さに亡き人がしのばれてならないと、理屈ではわかっていても抑えきれない悲しみを詠んでいる。本巻の第四百六十二首で予感した秋風の寒さが、ここで現実となっている。
天平十一年(739)夏六月から秋にかけて、大伴家持が亡くなった妾を悼んで詠んだ一連の挽歌である。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。越中守、因幡守などを経て中納言に至り、延暦四年(785)に没した。万葉集の編纂に深く関わったとされる。
初句「うつせみの」 うつせみはこの世、現世のことで、「世」にかかる枕詞としても用いられる。
二句「世は常なしと」 この世は無常であると、の意で、仏教の無常観を踏まえている。
三句「知るものを」 知っているのに、の意で、「ものを」は逆接である。
四句「秋風寒み」 「み」は原因を表し、秋風が寒いので、の意である。本巻の第四百六十二首の二句「秋風寒く」と響き合っている。
結句「偲ひつるかも」 しのんでしまうことだ、の意で、「かも」の詠嘆で結んでいる。
うつせみ:この世、現世
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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秋さらば見つつ偲へと妹が植ゑし やどのなでしこ咲きにけるかも
- 次の歌
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時はしもいつもあらむを心痛く い行く我妹かみどり子を置きて