世間し常かくのみとかつ知れど
痛き心は忍びかねつも
- 歌の意味
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世の中とはいつもこのようなものだと、一方ではわかっているけれど、痛む心はこらえきれないことだ。
- 鑑賞
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巻第三 挽歌 472
詞書は前の歌に続き「悲緒未だ息まず、更に作る歌五首」
悲しみがなおやまずに作った五首の三首目である。世の中とは常にこのようなものだと頭ではわかっていても、痛む心はこらえきれないと、無常を知る理と抑えきれない情との間で揺れる心を詠んでいる。本巻の第四百六十五首の「世は常なしと知るものを」と同じ思いを、ここでも重ねている。
天平十一年(739)夏六月から秋にかけて、大伴家持が亡くなった妾を悼んで詠んだ一連の挽歌である。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。越中守、因幡守などを経て中納言に至り、延暦四年(785)に没した。万葉集の編纂に深く関わったとされる。
初句「世間し」 「し」は強意で、世の中というものは、の意である。
二句「常かくのみと」 いつもこのようなものだと、の意である。
三句「かつ知れど」 「かつ」は一方では、の意で、一方では知っているけれど、の意である。
四句「痛き心は」 痛む心は、の意である。
結句「忍びかねつも」 「忍ぶ」はこらえる意、「かぬ」はできない意で、こらえきれないことだ、と結んでいる。
しのぶ:こらえる、耐える
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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家離りいます我妹を留めかね 山隠しつれ心どもなし
- 次の歌
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佐保山にたなびく霞見るごとに 妹を思ひ出泣かぬ日はなし