昔こそ外にも見しか我妹子が
奥つ城と思へばはしき佐保山
- 歌の意味
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昔こそよそごととして見ていたけれど、妻の眠る墓所と思うと、いとしい佐保山であることよ。
- 鑑賞
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巻第三 挽歌 474
詞書は前の歌に続き「悲緒未だ息まず、更に作る歌五首」
悲しみがなおやまずに作った五首の五首目で、亡妾を悼む一連を締めくくる歌である。かつてはよそごとに見ていた佐保山も、妻の墓所と思うといとしいと、妻を葬ったことで山が特別な場所に変わった心情を詠んでいる。前歌の悲しみから一歩進み、亡き人を宿す山として佐保山を慕う思いで一連が結ばれている。
天平十一年(739)夏六月から秋にかけて、大伴家持が亡くなった妾を悼んで詠んだ一連の挽歌である。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。越中守、因幡守などを経て中納言に至り、延暦四年(785)に没した。万葉集の編纂に深く関わったとされる。
初句「昔こそ」 「こそ」は係助詞で、二句の「しか」と係り結びとなる。
二句「外にも見しか」 外はよそごと、無関係の意で、よそごととして見ていたけれど、の意である。「しか」は過去の助動詞「き」の已然形で、逆接の含みをもつ。ここで句切れとなる。
三句「我妹子が」 妻が、の意である。
四句「奥つ城と思へば」 奥つ城は墓所のことで、墓所と思うと、の意である。八音の字余りである。
結句「はしき佐保山」 「はしき」はいとしい意で、体言止めにより、いとしい佐保山と結んでいる。
よそ:自分とは関わりのないこと
おくつき:墓所
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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佐保山にたなびく霞見るごとに 妹を思ひ出泣かぬ日はなし
- 次の歌
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我が大君天知らさむと思はねば おほにぞ見ける和束杣山