あしひきの山さへ光り咲く花の
散りぬるごとき我が大君かも
- 歌の意味
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山までも照り輝くほどに咲いていた花が、散ってしまったような、わが大君であることよ。
- 鑑賞
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巻第三 挽歌 477
詞書は前の歌に続き「十六年甲申春二月、安積皇子の薨ぜし時に、内舎人大伴宿禰家持の作る歌六首」の「反歌」
安積皇子を悼んだ長歌の反歌の二首目である。山までも照り輝かせるほど美しく咲いた花が、一瞬に散ってしまったようだと、若くして亡くなった皇子を満開の花の散るさまにたとえている。十七歳という若さで世を去った皇子の、華やかさとはかなさとが一首に凝縮されている。左注に、この三首は二月三日に作った歌とある。
天平十六年(744)の春、聖武天皇の皇子の安積皇子が十七歳で急死した時、内舎人として仕えていた大伴家持が詠んだ挽歌の一連である。皇子は恭仁京に近い和束の山に葬られた。
作者の大伴家持は大伴旅人の子で、奈良時代の官人である。越中守、因幡守などを経て中納言に至り、延暦四年(785)に没した。万葉集の編纂に深く関わったとされる。安積皇子の死の時には内舎人として皇子に仕えていた。
初句「あしひきの」 「山」にかかる枕詞である。
二句「山さへ光り」 「さへ」は、までも、の意で、山までも照り輝いて、の意である。
三句「咲く花の」 咲いていた花の、の意で、ここまでが皇子のたとえとなっている。
四句「散りぬるごとき」 散ってしまったような、の意である。
結句「我が大君かも」 「かも」は詠嘆で、わが大君であることよ、と皇子の早すぎる死を嘆いて結んでいる。
ひかる:照り輝く
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我が大君天知らさむと思はねば おほにぞ見ける和束杣山
- 次の歌
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はしきかも皇子の命のあり通ひ 見しし活道の道は荒れにけり