衣手に取りとどこほり泣く子にも
まされる我れを置きていかにせむ
- 歌の意味
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袖にすがりついて泣く子どもにもまさって嘆いている私を、置いて行ってどうしようというのか。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 492
詞書「田部忌寸櫟子の大宰に任けらるる時の歌四首」
田部忌寸櫟子が大宰府の官人に任じられて筑紫へ下るとき、別れを惜しんで交わされた四首の最初の歌である。旅立つ男の袖にすがりついて泣く子にもまさって悲しむ私を、置いて行ってどうするつもりかと訴える。幼い子の姿を引き合いに出すことで、別れのつらさを具体的に伝えている。
原文の末尾には作者名として「舎人吉年」の小書きがあり、この歌の作者を示している。
作者の舎人吉年は、伝未詳の女性で、田部櫟子と親しい間柄にあった人とみられる。「舎人」は氏の名である。
初句「衣手に」は、袖にの意である。「衣手」は衣の袖を指す歌語で、旅立つ人にすがる手の動きを思わせる。
二句「取りとどこほり」は、取りすがって引き止めるの意で、袖をつかんで離さない様子を表す。
三句「泣く子にも」の「子」は幼い子どもで、「にも」は比較の基準を示す。子どもの泣く姿を比べる対象として持ち出している。
四句「まされる我れを」の「まされる」は、まさっているの意である。子にもまして別れを悲しむ自分を強調する。
結句「置きていかにせむ」は八音の字余りで、私を置いて行ってどうしようというのかと相手に問いかけて結ぶ。次歌の「置きていなば」と、同じ「置く」の語で応じ合っている。
ころもで:衣の袖
とりとどこほる:取りすがって引き止める
- 作者
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舎人吉年
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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川上のいつ藻の花のいつもいつも 来ませ我が背子時じけめやも
- 次の歌
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置きていなば妹恋ひむかも敷栲の 黒髪敷きて長きこの夜を