娘子らが玉櫛笥なる玉櫛の
神さびけむも妹に逢はずあれば
- 歌の意味
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乙女たちの美しい櫛箱にしまわれた櫛が古びるように、私もすっかり古びてしまったことだろう。あなたに逢わずにいるので。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 522
詞書「京職藤原大夫の大伴郎女に贈る歌三首 卿、諱を麻呂といふ」
京職の長官であった藤原麻呂が、大伴郎女(坂上郎女)に贈った三首の最初の歌である。乙女の櫛箱にしまい込まれたまま使われない櫛が古びるように、あなたに逢わずにいる私もすっかり古びてしまっただろうと、逢えない日々の長さを訴える。女性の身の回りの品を比喩に用いた、優美な趣向である。
作者の藤原麻呂は、藤原不比等の四男で、藤原京家の祖となった。京職の長官を務めたことから、詞書では京職藤原大夫と呼ばれている。
初句「娘子らが」は、乙女たちがの意で、若い女性の身の回りへと視線を向ける。
二句「玉櫛笥なる」の「玉櫛笥」は櫛などを入れる箱の美称で、「なる」は「にある」のつづまった形である。
三句「玉櫛の」は、美しい櫛のの意で、初句からここまでが四句の「神さぶ」を導く序詞となる。しまわれて使われない櫛の姿を思わせる。
四句「神さびけむも」の「神さぶ」は古びる、年を経るの意、「けむ」は過去推量で、古びてしまったことだろうの意となる。
結句「妹に逢はずあれば」は九音の字余りで、あなたに逢わずにいるのでの意である。古びたことの理由を示して結ぶ。
たまくしげ:櫛などを入れる箱の美称
かむさぶ:古びる、年を経て古めかしくなる
- 作者
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藤原麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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庭に立つ麻手刈り干し布曝す 東女を忘れたまふな
- 次の歌
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よく渡る人は年にもありといふを いつの間にぞも我が恋ひにける