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来むと言ふも来ぬ時あるを来じと言ふを
来むとは待たじ来じと言ふものを

歌の意味
来ようと言っても来ない時があるのに、来ないと言うのを、来るだろうとは待つまい。来ないと言うのだから。
鑑賞
巻第四 相聞 527

詞書は前の歌に続き「大伴郎女の和ふる歌四首」
 来ると言っても来ない時があるのに、来ないと言う人を来るものと待ちはしないと、「来む」「来じ」の語を繰り返して詠む歌である。言葉遊びのような軽妙な調子の中に、訪れの定まらない恋人への恨みと、それでも待ってしまう心とがにじんでいる。万葉集の中でも、同じ語を反復する技巧の著しい歌として知られる。
 左注によれば、郎女は佐保大納言大伴安麻呂の娘で、はじめ穂積皇子に嫁いで寵愛を受け、皇子の没後に藤原麻呂に求婚された。坂上の里に住んだことから坂上郎女と呼ばれた。
 作者の大伴坂上郎女は、大伴安麻呂の娘で、大伴旅人の異母妹にあたる。万葉集に多くの歌を残し、女流歌人として重んじられている。

 初句「来むと言ふも」は、来ようと言ってもの意で、「む」は意志を表す。
 二句「来ぬ時あるを」は、来ない時があるのにの意で、「を」は逆接の接続助詞である。約束が守られないことへの不満を示す。
 三句「来じと言ふを」の「じ」は打消意志の助動詞で、来ないと言うのをの意となる。六音の字余りで、初句の「来む」と対になっている。
 四句「来むとは待たじ」は、来るだろうとは待つまいの意である。「来む」と「じ」を組み合わせ、待つまいと自らに言い聞かせている。ここで切れる四句切れである。
 結句「来じと言ふものを」は八音の字余りで、来ないと言うのだからの意となる。三句と同じ「来じと言ふ」を繰り返し、倒置によって理由を示して結ぶ。

く:来る
作者
大伴坂上郎女
出典
万葉集
前の歌
千鳥鳴く佐保の川瀬のさざれ波 やむ時もなし我が恋ふらくは
次の歌
千鳥鳴く佐保の川門の瀬を広み 打橋渡す汝が来と思へば