難波潟潮干のなごり飽くまでに
人の見る子を我れし羨しも
- 歌の意味
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難波潟の潮が引いた後の名残の景色を飽きるまで見るように、ほかの人が心ゆくまで見ているあの子を、私はうらやましく思うことだ。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 533
詞書は前の歌に続き「大伴宿奈麻呂宿祢の歌二首」
難波潟の潮が引いた後の名残の景色を序として、他の人が心ゆくまで見ることのできるあの子のことを、うらやましく思うと詠む歌である。前歌で宮仕えに出た女性を、今は宮中の人々が思うままに見ているのに、自分は見ることができないという嘆きとも解される。
作者の大伴宿奈麻呂は、詞書の注によれば佐保大納言大伴安麻呂の第三子で、大伴旅人の弟にあたる。坂上郎女の夫となり、坂上大嬢、坂上二嬢の父となった。
初句「難波潟」は、難波の海辺の干潟で、潮の満ち引きの大きな所として知られた。
二句「潮干のなごり」の「なごり」は、潮が引いた後に残る水や景色をいう。初句と合わせて三句の「飽くまでに」を導く序詞となる。
三句「飽くまでに」は、飽きるほど、心ゆくまでの意である。
四句「人の見る子を」は、他の人が見ているあの子をの意で、自分には見ることのかなわない女性を示す。
結句「我れし羨しも」の「し」は強意、「ともし」はうらやましいの意、「も」は詠嘆で、私はうらやましいことだの意となる。
なごり:潮が引いた後に残る水や景色
なにはがた:難波の海辺の干潟
- 作者
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大伴宿奈麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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うちひさす宮に行く子をま悲しみ 留むれば苦し遣ればすべなし
- 次の歌
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敷栲の手枕まかず間置きて 年ぞ経にける逢はなく思へば