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天雲のそくへの極み遠けども
心し行けば恋ふるものかも

歌の意味
空の雲の遠く果てるところのように、はるかに遠く離れているけれど、心が通って行くので、こんなにも恋しく思うものなのだなあ。
鑑賞
巻第四 相聞 553

詞書「丹生女王の大宰帥大伴卿に贈る歌二首」
 丹生女王が、大宰帥として筑紫にいた大伴旅人に贈った二首の最初の歌である。天雲の果てのように遠く離れていても、心は相手のもとへ通って行くので恋しく思うのだろうと詠む。都と筑紫の遠い隔たりを、空の果てという大きな景で表している。
 作者の丹生女王は、伝未詳の女性で、大伴旅人と親しい間柄にあったとみられる。贈った相手の大伴旅人は大伴安麻呂の子で、大宰帥として筑紫に赴任した。

 初句「天雲の」は、空の雲のの意で、遠く果てしないものをまず示す。
 二句「そくへの極み」の「そくへ」は遠く離れた所、果ての意で、雲の遠く退いた果てのところの意となる。
 三句「遠けども」は、遠いけれどもの意で、「遠け」は形容詞「遠し」の古い已然形である。
 四句「心し行けば」の「し」は強意の副助詞で、心が行くのでの意となる。心は距離を越えて相手のもとへ通うという考えを示している。
 結句「恋ふるものかも」は、恋しく思うものなのだなあの意で、「かも」は詠嘆である。

そくへ:遠く離れた所、果て
作者
丹生女王
出典
万葉集
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