周防なる磐国山を越えむ日は
手向けよくせよ荒しその道
- 歌の意味
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周防にある磐国山を越える日には、峠の神へのお供えを念入りにしなさい。険しいその道は。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 567
詞書は前の歌に続き「大宰大監大伴宿祢百代らの駅使に贈る歌二首」
都へ帰る駅使を見送る二首の二首目で、周防の磐国山を越える日には、峠の神に念入りに手向けをしなさい、その道は険しいのだからと、旅の安全を気づかう歌である。前歌が別れを惜しむ心を詠んだのに対し、本歌は旅路の具体的な難所を挙げて相手の身を案じている。
左注によれば、本歌は少典山口若麻呂の作である。
作者の山口若麻呂は、大宰府の少典として大伴旅人のもとに仕えた官人である。
初句「周防なる」は、周防国にあるの意で、「なる」は「にある」のつづまった形である。読み仮名では四音となっている。
二句「磐国山を」は、周防国の岩国にある山で、山陽道の難所とされた。
三句「越えむ日は」は、越える日にはの意で、「む」は婉曲を表す。
四句「手向けよくせよ」の「手向け」は峠の神に幣を捧げて旅の安全を祈ることで、それを念入りにしなさいと命じる。ここで切れる四句切れである。
結句「荒しその道」は、その道は険しいの意で、倒置によって注意を促す理由を示している。
たむけ:峠や道の神に幣を捧げて旅の安全を祈ること
- 作者
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山口若麻呂
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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草枕旅行く君を愛しみ たぐひてぞ来し志賀の浜辺を
- 次の歌
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み崎廻の荒磯に寄する五百重波 立ちても居ても我が思へる君