我がやどの夕蔭草の白露の
消ぬがにもとな思ほゆるかも
- 歌の意味
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わが家の庭の、夕方の物陰に生える草に置く白露が消えるように、消え入りそうなほど、むやみにあなたのことが思われることだ。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 594
詞書は前の歌に続き「笠女郎の大伴宿祢家持に贈る歌二十四首」
わが家の庭の夕影の草に置く白露を序として、今にも消え入りそうなほどむやみに恋しく思われると詠む歌である。はかなく消える白露に、恋に身も消え入りそうな思いを重ねた、繊細な表現の一首である。
作者の笠女郎は、奈良時代の女流歌人で、大伴家持に多くの恋の歌を贈った。伝は未詳である。
初句「我がやどの」は、わが家の庭のの意である。
二句「夕蔭草の」は、夕方の光の中の物陰に生える草のの意で、夕暮れの静かな景を描く。
三句「白露の」は、草に置く白い露ので、初句からここまでが四句の「消ぬ」を導く序詞となる。
四句「消ぬがにもとな」の「がに」は「〜ほどに」の意、「もとな」はわけもなく、むやみにの意で、消え入りそうなほどむやみにの意となる。
結句「思ほゆるかも」は、思われることだの意で、「かも」は詠嘆である。
ゆふかげくさ:夕方の光の中の物陰に生える草
く:消える。「消ぬ」は消えてしまう意
- 作者
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笠女郎
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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君に恋ひいたもすべなみ奈良山の 小松が下に立ち嘆くかも
- 次の歌
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我が命の全けむ限り忘れめや いや日に異には思ひ増すとも