目には見て手には取らえぬ月の内の
楓のごとき妹をいかにせむ
- 歌の意味
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目には見えても手には取ることのできない、月の中の桂の木のようなあなたを、どうしたらよいのだろう。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 632
詞書は前の歌に続き「湯原王の娘子に贈る歌二首」
目には見えても手には取れない月の中の桂の木のようなあなたを、どうしたらよいのかと嘆く歌である。月に桂の木が生えるという中国の伝説をふまえており、漢詩文の教養をうかがわせる。
作者の湯原王は、志貴皇子の子で、奈良時代の歌人である。清新な歌風で知られる。
初句「目には見て」は、目には見てもの意である。
二句「手には取らえぬ」の「らえ」は可能の助動詞で、手には取ることができないの意となる。初句と対句をなしている。
三句「月の内の」は六音の字余りで、月の中のの意である。
四句「楓のごとき」は、月の中に生えるという伝説の桂の木のようなの意である。原文の「楓」の字はカツラを表している。
結句「妹をいかにせむ」は、あなたをどうしたらよいのだろうの意である。
かつら:月の中に生えているという伝説の木
- 作者
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湯原王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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うはへなきものかも人はしかばかり 遠き家路を帰さく思へば
- 次の歌
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ここだくも思ひけめかも敷栲の 枕片さる夢に見え来し