世の中の女にしあらば我が渡る
痛背の川を渡りかねめや
- 歌の意味
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世間並みの女であったならば、私が渡ろうとしている痛背の川を、渡りかねることがあろうか。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 643
詞書「紀女郎の怨恨の歌三首 鹿人大夫の女、名を小鹿といふ。安貴王の妻なり」
紀女郎の怨恨の歌三首の最初の歌である。世間の普通の女であれば、痛背の川を渡りかねることなどないと詠む。「痛背」の名に「ああ、背の君よ」の嘆きを響かせ、夫との仲の苦しみを表しているとみられる。夫の安貴王は因幡の八上采女を愛して罪に問われた人物であり、この怨恨の歌群をその事件と結びつける見方もある。
作者の紀女郎は、紀鹿人の娘で、名を小鹿といい、安貴王の妻であった。
初句「世の中の」は、世間の、世間並みのの意である。
二句「女にしあらば」の「し」は強意で、女であったならばの意となる。
三句「我が渡る」は、私が渡ろうとするの意である。
四句「痛背の川を」は、大和の穴師川とされる川で、その名に「あな背」の嘆きを響かせている。
結句「渡りかねめや」の「めや」は反語で、渡りかねることがあろうか、いやないの意となる。
をみな:女、女性
あなせのかは:大和の穴師川とされる川。「あな背」の響きをもつ
- 作者
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紀女郎
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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我妹子に恋ひて乱ればくるべきに 懸けて寄せむと我が恋ひそめし
- 次の歌
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今は我はわびぞしにける息の緒に 思ひし君をゆるさく思へば