恋は今はあらじと我れは思へるを
いづくの恋ぞつかみかかれる
- 歌の意味
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恋などもう今はあるまいと私は思っていたのに、どこから来た恋が私につかみかかったのだろう。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 695
詞書は前の歌に続き「広河女王の歌二首」
もう恋などすまいと思っていたのに、どこからか恋がつかみかかってきたと詠む歌である。恋を人に襲いかかるものとして擬人化した大胆な表現で、思いがけず恋に落ちた驚きをユーモラスに表している。
作者の広河女王は、詞書の注によれば穂積皇子の孫で、上道王の娘である。
初句「恋は今は」は六音の字余りで、恋は今はの意である。
二句「あらじと我れは」の「じ」は打消推量で、あるまいと私はの意となる。
三句「思へるを」は、思っていたのにの意で、「を」は逆接の接続助詞である。
四句「いづくの恋ぞ」は、どこの恋がの意で、係助詞「ぞ」の結びは結句の「る」である。
結句「つかみかかれる」は、つかみかかったのかの意で、恋を擬人化した表現である。
つかみかかる:つかんで襲いかかる
- 作者
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広河女王
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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恋草を力車に七車 積みて恋ふらく我が心から
- 次の歌
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家人に恋過ぎめやもかはづ鳴く 泉の里に年の経ぬれば