家人に恋過ぎめやもかはづ鳴く
泉の里に年の経ぬれば
- 歌の意味
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家にいる人への恋しさが消え去ることがあろうか。かじかの鳴く泉の里で年が経ってしまったので。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 696
詞書「石川朝臣広成の歌一首 後に姓高円朝臣の氏を賜ふ」
かじかの鳴く泉の里で年を過ごしたので、家に残した人への恋しさは消えるはずもないと詠む歌である。泉の里は久迩京の置かれた地で、都の造営などのために家を離れて暮らしていたときの歌とみられる。
作者の石川広成は、奈良時代の官人で、詞書の注によればのちに高円朝臣の姓を賜った。
初句「家人に」は、家にいる人にの意である。
二句「恋過ぎめやも」の「めやも」は反語で、恋しさが消え去ることがあろうか、いやないの意となる。ここで切れる二句切れである。
三句「かはづ鳴く」は、かじか蛙の鳴くの意で、清流の景を示し、「泉」にかかる。
四句「泉の里に」は、山城国の泉の里にの意である。
結句「年の経ぬれば」は、年が経ったのでの意で、倒置によって理由を示している。
かはづ:かじか蛙。清流にすみ美しい声で鳴く
いへびと:家にいる人。家族や妻
- 作者
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石川広成
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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恋は今はあらじと我れは思へるを いづくの恋ぞつかみかかれる
- 次の歌
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我が聞きに懸けてな言ひそ刈り薦の 乱れて思ふ君が直香ぞ