朝夕に見む時さへや我妹子が
見れど見ぬごとなほ恋しけむ
- 歌の意味
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朝も夕も逢っている時でさえ、いとしいあの人は、見ても見ていないかのように、やはり恋しいのだろう。
- 鑑賞
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巻第四 相聞 745
詞書は前の歌に続き「さらに大伴宿祢家持の坂上大嬢に贈る歌十五首」
朝夕に逢えるようになってもなお、見ても見ていないかのように恋しいだろうと詠む歌である。どれほど逢っても尽きることのない恋の思いを表している。
作者の大伴家持は、大伴旅人の子で、万葉集の編纂に深くかかわったとされる歌人である。のちに中納言に至った。
初句「朝夕に」は、朝も夕もの意である。
二句「見む時さへや」の「さへ」は添加、「や」は疑問で、逢う時でさえの意となる。
三句「我妹子が」は、いとしい人がの意である。
四句「見れど見ぬごと」は、見ても見ていないかのようにの意である。
結句「なほ恋しけむ」の「けむ」は推量で、やはり恋しいだろうの意となる。
わぎもこ:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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大伴家持
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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夕さらば屋戸開け設けて我れ待たむ 夢に相見に来むといふ人を
- 次の歌
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生ける世に我はいまだ見ず言絶えて かくおもしろく縫へる袋は