世間は空しきものと知る時し
いよよますます悲しかりけり
- 歌の意味
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世の中はむなしいものだと思い知る時、いよいよますます悲しくなることだ。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 793
詞書「大宰帥大伴卿、凶問に報ふる歌一首」
世の中は空しいものだと知ったとき、悲しみがいっそう深まったと詠む一首である。仏教の説く世の無常を頭では理解しながら、それがかえって悲しみを増すという心の動きを率直に表しており、大伴旅人の代表作の一つとして名高い。
題詞に続く漢文には、不幸が重なって凶報が相次ぎ、心が崩れるほどの悲しみに断腸の涙を流していること、ただ両君の厚い助けによってかろうじて命をつないでいることが記される。左注には神亀五年六月二十三日の日付があり、大宰府に赴任して間もなく妻の大伴郎女を亡くしたことなどを受けた作とみられている。
作者の大伴旅人は、大納言大伴安麻呂の子で、大伴家持の父である。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年に大納言となって帰京し、翌年に没した。漢詩文や老荘思想に通じ、大宰府で山上憶良らと文雅の交わりを結び、その集まりは筑紫歌壇と呼ばれる。
巻第五の巻頭に置かれた歌で、無常と死別の悲しみという本巻の基調を示している。巻末に近い第八百九十三首の山上憶良の歌も「世間を」と同じ語で始まり、巻の首尾が「世間」の語で呼応している。
初句「世間は」は、仏教語「世間」を和語にした言葉で、人の生きるこの世を指す。巻頭の歌がこの語で始まることは、無常を見つめる本巻全体の主題を示している。
二句「空しきものと」は、世は実体のないはかないものだという仏教の無常観を受ける。「と」は知った内容を示す格助詞である。
三句「知る時し」の「し」は強意の副助詞で、頭で知ることと心で悲しむこととの落差をきわ立たせる。
四句「いよよますます」は、「いよよ」と「ますます」という同じ意味の語を重ね、悲しみが増し続けるさまを強調する。
結句「悲しかりけり」の「けり」は詠嘆の助動詞で、今あらためて気づいた悲しみの深さを示す。理で慰められない心を率直に言い切って一首を結ぶ。
よのなか:人の世、世間。仏教語「世間」を訳した語
- 作者
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大伴旅人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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春雨を待つとにしあらし我がやどの 若木の梅もいまだふふめり
- 次の歌
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家に行きていかにか我がせむ枕付く 妻屋寂しく思ほゆべしも