家に行きていかにか我がせむ枕付く
妻屋寂しく思ほゆべしも
- 歌の意味
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家に帰って、私はどうしたらよいのだろう。枕を並べて寝た妻屋が、さぞ寂しく思われることだろう。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 795
詞書は前の歌に続き「日本挽歌一首 反歌」
亡き妻のいない家に帰ったとき、どうしてよいかわからず、二人で寝た妻屋がどれほど寂しく感じられるだろうと思いやる一首である。まだ家に帰る前から、帰った後の寂しさを先取りして嘆く点に、喪失の深さが表れている。
「日本挽歌」一首に添えられた反歌五首の一首目である。日本挽歌の前には、仏典の言葉を多く引いて生あるものの無常と妻を失う悲しみを述べる漢文の序と漢詩が置かれ、それに対する和文の挽歌という意味で「日本挽歌」と題される。左注に神亀五年七月二十一日、筑前国守山上憶良が奉ったとあり、大宰帥大伴旅人の妻の死を悼み、旅人の立場に立って詠んだものとみるのが通説である。
作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。
初句「家に行きて」は、筑紫で妻を失った夫が住まいに帰ることをいう。六音の字余りである。
二句「いかにか我がせむ」は、係助詞「か」を「せむ」で結ぶ係り結びで、自分はどうしたらよいのかと途方に暮れる気持ちを表す。ここで句が切れる二句切れである。
三句「枕付く」は「妻屋」にかかる枕詞で、枕を並べて寝る意をもつ。
四句「妻屋寂しく」の「妻屋」は夫婦が共に寝起きする部屋で、妻の不在がいちばんこたえる場所として選ばれている。
結句「思ほゆべしも」の「べし」は推量、「も」は詠嘆で、きっと寂しく思われるだろうと、帰る前から悲しみを予感して結ぶ。
つまや:夫婦の寝所。妻と共に暮らす建物や部屋
おもほゆ:自然に思われる、思い起こされる
- 作者
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山上憶良
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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世間は空しきものと知る時し いよよますます悲しかりけり
- 次の歌
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はしきよしかくのみからに慕ひ来し 妹が心のすべもすべなさ