はしきよしかくのみからに慕ひ来し
妹が心のすべもすべなさ
- 歌の意味
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ああ、いとしい。こうなるだけのことだったのに、私を慕ってはるばるやって来た妻の心が、どうしようもなくやるせない。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 796
詞書は前の歌に続き「日本挽歌一首 反歌」
こうして亡くなるだけのために、遠い筑紫まで夫を慕ってついてきた妻の心を思うと、どうしようもなくやるせないと嘆く一首である。死を知らずに夫に従ってきた妻のいじらしさを思いやり、残された夫の無力感を「すべもすべなさ」の繰り返しで表している。
「日本挽歌」一首に添えられた反歌五首の二首目である。日本挽歌の前には、仏典の言葉を多く引いて生あるものの無常と妻を失う悲しみを述べる漢文の序と漢詩が置かれ、それに対する和文の挽歌という意味で「日本挽歌」と題される。左注に神亀五年七月二十一日、筑前国守山上憶良が奉ったとあり、大宰帥大伴旅人の妻の死を悼み、旅人の立場に立って詠んだものとみるのが通説である。
作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。
初句「はしきよし」は、いとしい、ああ愛すべき、という感動を表す語で、亡き妻への呼びかけのように一首を起こす。
二句「かくのみからに」は、こうなるだけのことであったのに、の意である。「からに」は原因や理由を示し、死に至るだけの旅であったことへの嘆きをこめる。
三句「慕ひ来し」は、夫を慕って筑紫まで従ってきたことをいい、長歌の「泣く子なす慕ひ来まして」を受けている。
四句「妹が心の」の「妹」は夫が妻を親しんで呼ぶ語で、ついてきた妻の心をいとおしむ。
結句「すべもすべなさ」は、「すべなし」の「すべ」を重ねて強めた表現で、どうにも手だてのないやるせなさを体言止めで言い切る。
すべ:手段、方法
いも:男性が妻や恋人を親しんで呼ぶ語
- 作者
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山上憶良
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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家に行きていかにか我がせむ枕付く 妻屋寂しく思ほゆべしも
- 次の歌
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悔しかもかく知らませばあをによし 国内ことごと見せましものを