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妹が見し楝の花は散りぬべし
我が泣く涙いまだ干なくに

歌の意味
妻が見た楝の花は、もう散ってしまうだろう。私の泣く涙は、まだ乾かないのに。
鑑賞
巻第五 雑歌 798

詞書は前の歌に続き「日本挽歌一首 反歌」
 妻が生前に見た楝の花がもう散ろうとしているのに、自分の涙はまだ乾かないと詠む一首である。花の移ろいという時の流れと、変わらず続く悲しみとを対比させ、妻の死から季節が進んでいくことへの嘆きを表している。
 「日本挽歌」一首に添えられた反歌五首の四首目である。日本挽歌の前には、仏典の言葉を多く引いて生あるものの無常と妻を失う悲しみを述べる漢文の序と漢詩が置かれ、それに対する和文の挽歌という意味で「日本挽歌」と題される。左注に神亀五年七月二十一日、筑前国守山上憶良が奉ったとあり、大宰帥大伴旅人の妻の死を悼み、旅人の立場に立って詠んだものとみるのが通説である。
 作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。

 初句「妹が見し」は、亡き妻が生前に見たことをいい、花に妻の面影を重ねる。
 二句「楝の花は」の「楝」はセンダンの古名で、初夏に淡い紫の花をつける。妻が亡くなったころに咲いていた花とみられる。
 三句「散りぬべし」の「ぬべし」は、きっと散ってしまうだろうという強い推量で、ここで句が切れる三句切れである。
 四句「我が泣く涙」は、妻を失ってから流し続けている涙をいう。
 結句「いまだ干なくに」の「なくに」は、…ないのに、という逆接の詠嘆で、花の散る早さと涙の乾かぬ長さを対比させて結ぶ。

あふち:センダンの古名。初夏に淡紫色の花をつける
ふ:乾く。「干なくに」は乾かないのにの意
作者
山上憶良
出典
万葉集
前の歌
悔しかもかく知らませばあをによし 国内ことごと見せましものを
次の歌
大野山霧立ちわたる我が嘆く おきその風に霧立ちわたる