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大野山霧立ちわたる我が嘆く
おきその風に霧立ちわたる

歌の意味
大野山に霧が一面に立ちこめている。私の嘆く吐息の風によって、霧が立ちこめている。
鑑賞
巻第五 雑歌 799

詞書は前の歌に続き「日本挽歌一首 反歌」
 大宰府の背後にそびえる大野山に立ちこめる霧を、自分の嘆きの吐息から生じたものと見る一首である。二句と結句に同じ「霧立ちわたる」を繰り返し、嘆きが山を覆うほどに満ちていることを印象づける。嘆きの息が霧になるという発想は、巻第十五の遣新羅使人の歌などにもみられる。
 「日本挽歌」一首に添えられた反歌五首の五首目である。日本挽歌の前には、仏典の言葉を多く引いて生あるものの無常と妻を失う悲しみを述べる漢文の序と漢詩が置かれ、それに対する和文の挽歌という意味で「日本挽歌」と題される。左注に神亀五年七月二十一日、筑前国守山上憶良が奉ったとあり、大宰帥大伴旅人の妻の死を悼み、旅人の立場に立って詠んだものとみるのが通説である。
 作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。

 初句「大野山」は大宰府の北にある山で、山上に大野城が築かれていた。一首の舞台を大宰府の実景に定める。
 二句「霧立ちわたる」は、霧が一面に立ちこめる意で、ここで句が切れる二句切れである。この句は結句でも繰り返される。
 三句「我が嘆く」は、「おきその風」にかかり、霧の原因を自分の嘆きに求める。
 四句「おきその風に」の「おきそ」は嘆いて吐く息のことで、吐息が風となって霧を生むという誇張がこめられている。
 結句「霧立ちわたる」は二句と同じ句を繰り返す反復で、嘆きが山を覆いつくすさまを強調する。反歌五首の最後にあたり、一首目の家の中の寂しさから大野山の景へと視野を広げて一連を閉じる。

おきそ:嘆いて吐く長い息
たちわたる:一面に立ちこめる
作者
山上憶良
出典
万葉集
前の歌
妹が見し楝の花は散りぬべし 我が泣く涙いまだ干なくに
次の歌
ひさかたの天道は遠しなほなほに 家に帰りて業を為まさに