常磐なすかくしもがもと思へども
世の事なれば留みかねつも
- 歌の意味
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常磐のように、いつまでもこのままでありたいと思うけれど、世の定めであるから、とどめることができないことだ。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 805
詞書は前の歌に続き「世間の住み難きを哀しぶる歌一首 并せて序 反歌」
岩のように変わらずこのままでいたいと願っても、老いは世の定めであるから押しとどめられないと嘆く一首である。長歌で若い盛りが過ぎ去り老いが迫るさまを具体的に描いたのを受け、その思いを簡潔にまとめている。
序には、集まりやすく払いがたいのは八大辛苦、遂げがたく尽きやすいのは百年の楽しみであり、古人の嘆いたことが今の自分にも及んでいると記す。そこで一章の歌を作って、白髪まじりとなった老いの嘆きを払おうとしたとある。左注には神亀五年七月二十一日に嘉摩郡で撰定したとある。
作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。
巻頭の第七百九十三首が「世間」の空しさを悲しみとして受け止めたのに対し、この歌は同じ世の定めを老いの問題として見つめており、本巻の無常の主題を別の角度から照らしている。
初句「常磐なす」は、常磐すなわち永久に変わらない岩のように、の意で、不変のものの象徴として置かれる。
二句「かくしもがもと」の「もがも」は願望の終助詞で、このままでありたいと願う心を表す。
三句「思へども」は逆接で、願いと現実との落差を導く。
四句「世の事なれば」は、世の中の定めであるから、の意である。巻頭の歌の「世間」と響き合い、老いを無常の理の中に置く。
結句「留みかねつも」は、とどめようとしてもとどめられないことをいい、長歌の「時の盛りを留みかね」を受けて結ぶ。
ときは:永久に変わらない岩。常に変わらないもの
とどむ:とどめる、引き留める
- 作者
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山上憶良
- 出典
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万葉集
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銀も金も玉も何せむに まされる宝子にしかめやも
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竜の馬も今も得てしかあをによし 奈良の都に行きて来むため