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言とはぬ木にもありとも我が背子が
手馴れの御琴地に置かめやも

歌の意味
ものを言わない木であっても、あなたが手に慣らした御琴を、どうして地面に置いたりしようか。
鑑賞
巻第五 雑歌 812

詞書「謹みて白雲の什に和して野鄙の歌を奏す 房前謹みて状す」
 ものを言わない木であっても、あなたが手に慣らした琴を、どうして地面に置いたりしようかと答える一首である。旅人から贈られた琴を大切にすることを誓い、贈り主への敬意と感謝を表している。
 題詞の書簡には、ひざまずいてお手紙を承り、喜びが深く交わったこと、身に余る恩が厚く及ぶことを知り、慕わしさはつのるばかりであると記し、謹んで白雲の詩に和して野鄙の歌を奉るとある。左注には十一月八日、帰る使いの大監に託したとあり、旅人の書状からおよそ一か月後の返書である。
 作者の藤原房前は、藤原不比等の次男で、藤原北家の祖である。参議として朝政に加わり、この時は中衛大将の任にあった。

 初句「言とはぬ」は、前歌の初句をそのまま受けて答歌の形を整える。
 二句「木にもありとも」は、前歌の「木にはありとも」の「は」を「も」に替えただけの句で、贈られた歌の言葉を重んじて応じている。
 三句「我が背子が」の「背子」は親しい男性を呼ぶ語で、ここでは旅人を指す。
 四句「手馴れの御琴」は、前歌の「君が手馴れの琴」を受け、「御」を添えて贈り主への敬意を示す。
 結句「地に置かめやも」の「めやも」は反語で、地面に置いて粗末に扱うことなどあろうか、決してしないと言い切って結ぶ。

せこ:女性が夫や恋人を、また男性が親しい男性を呼ぶ語
たなれ:手に慣れること、使い慣らすこと
作者
藤原房前
出典
万葉集
前の歌
言とはぬ木にはありともうるはしき 君が手馴れの琴にしあるべし
次の歌
天地のともに久しく言ひ継げと この奇し御魂敷かしけらしも