梅の花咲きたる園の青柳は
蘰にすべくなりにけらずや
- 歌の意味
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梅の花が咲いている庭の青柳は、髪飾りの蘰にできるほどに芽吹いたではないか。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 817
詞書は前の歌に続き「梅花の歌三十二首 并せて序」
梅の咲く庭の青柳が、蘰にできるほどに芽吹いたではないかと呼びかける一首である。梅だけでなく柳の新芽にも目を向け、春の訪れを一座の人々とともに喜ぶ心を表している。
天平二年正月十三日、大宰帥大伴旅人の邸宅に大宰府の官人や九州諸国の国司らが集い、庭の梅を題に詠み合った「梅花の宴」の歌三十二首の一首である。漢文の序は、初春の令月に気は良く風は和らぎ、梅は鏡の前の白粉のように白く開き、蘭は身に帯びた香のように薫ると記し、令和の元号の典拠となったことでも知られる。序は、中国の詩文に落梅の篇があるように、園の梅を題に短歌を詠もうと結ばれている。歌の末尾に「少弐粟田大夫」とある。
作者の粟田人上は、粟田氏の官人で、この時大宰少弐の任にあったとみられる。この「粟田大夫」を粟田必登とみる説もある。
初句「梅の花」は、宴の主題を掲げる。
二句「咲きたる園の」は、梅の咲いている庭の、の意である。本巻の第八百二十五首も「梅の花咲きたる園の青柳を」と同じ上の句で始まり、この歌を受けて詠まれている。
三句「青柳は」は、芽吹いたばかりの青々とした柳をいい、梅と並ぶ春の景物として取り上げる。
四句「蘰にすべく」の「蘰」は草木の枝や花を輪にして頭に飾るもので、宴の飾りとすることをいう。
結句「なりにけらずや」は、なったではないか、と同意を促す表現で、一座に呼びかける宴歌らしい口調で結ぶ。
かづら:草木の枝や花を輪にして頭に飾るもの
- 作者
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粟田人上
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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梅の花今咲けるごと散り過ぎず 我が家の園にありこせぬかも
- 次の歌
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春さればまづ咲くやどの梅の花 独り見つつや春日暮らさむ