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世の中は恋繁しゑやかくしあらば
梅の花にもならましものを

歌の意味
世の中は恋の思いが絶えない。ええ、こんなことならば、いっそ梅の花にでもなってしまいたいものを。
鑑賞
巻第五 雑歌 819

詞書は前の歌に続き「梅花の歌三十二首 并せて序」
 人の世は恋の苦しみが多いので、いっそ梅の花になってしまいたいと詠む一首である。梅の清らかさをうらやむ形で、恋に悩む人の世の煩わしさを軽妙に述べ、宴に興を添えている。
 天平二年正月十三日、大宰帥大伴旅人の邸宅に大宰府の官人や九州諸国の国司らが集い、庭の梅を題に詠み合った「梅花の宴」の歌三十二首の一首である。漢文の序は、初春の令月に気は良く風は和らぎ、梅は鏡の前の白粉のように白く開き、蘭は身に帯びた香のように薫ると記し、令和の元号の典拠となったことでも知られる。序は、中国の詩文に落梅の篇があるように、園の梅を題に短歌を詠もうと結ばれている。歌の末尾に「豊後守大伴大夫」とある。
 作者の大伴三依は、大伴御行の子で、この時豊後守の任にあったとみられる。「大伴大夫」を大伴三依とするのは通説によるものである。

 初句「世の中は」は人の世をいい、巻頭の第七百九十三首の初句と同じ語で始まるが、ここでは無常ではなく恋の煩わしさを言う。
 二句「恋繁しゑや」の「繁し」は多く絶え間ない意、「ゑや」は投げやりな気持ちを表す感動詞で、ここで句が切れる。
 三句「かくしあらば」は、こんなふうであるならば、の意である。
 四句「梅の花にも」は、せめて梅の花にでも、の意で、恋を知らない花にあこがれる。
 結句「ならましものを」の「まし」は反実仮想の助動詞で、なれるものならなりたいのにと結ぶ。本巻の第八百六十四首は、都の吉田宜がこの歌と同じ下の句で唱和したものである。

よのなか:人の世。男女の仲をいうこともある
作者
大伴三依
出典
万葉集
前の歌
春さればまづ咲くやどの梅の花 独り見つつや春日暮らさむ
次の歌
梅の花今盛りなり思ふどち かざしにしてな今盛りなり