我が園に梅の花散るひさかたの
天より雪の流れ来るかも
- 歌の意味
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わが庭に梅の花が散る。はるかな天から雪が流れて来るのだろうか。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 822
詞書は前の歌に続き「梅花の歌三十二首 并せて序」
わが庭に散る梅の花を、天から流れ落ちてくる雪に見立てた一首である。梅花を雪に見立てる手法は中国の詩にならったもので、宴の主人として、庭の梅の美しさを雄大な天の景に広げてたたえている。梅花の宴の歌の中でも最もよく知られた一首である。
天平二年正月十三日、大宰帥大伴旅人の邸宅に大宰府の官人や九州諸国の国司らが集い、庭の梅を題に詠み合った「梅花の宴」の歌三十二首の一首である。漢文の序は、初春の令月に気は良く風は和らぎ、梅は鏡の前の白粉のように白く開き、蘭は身に帯びた香のように薫ると記し、令和の元号の典拠となったことでも知られる。序は、中国の詩文に落梅の篇があるように、園の梅を題に短歌を詠もうと結ばれている。歌の末尾に「主人」とあり、宴の主催者である大伴旅人の作である。
作者の大伴旅人は、大納言大伴安麻呂の子で、大伴家持の父である。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年に大納言となって帰京し、翌年に没した。漢詩文や老荘思想に通じ、大宰府で山上憶良らと文雅の交わりを結び、その集まりは筑紫歌壇と呼ばれる。
初句「我が園に」は、宴を開いた自邸の庭をいい、主人の立場からの詠みぶりである。
二句「梅の花散る」は、ここで句が切れる二句切れで、目の前の落花をまず言い切る。
三句「ひさかたの」は「天」にかかる枕詞である。
四句「天より雪の」は、散る花びらを天から降る雪に見立てる。次歌の第八百二十三首は、この見立てを受けて、梅はどこに散るのか、城の山には雪が降っているのにと応じている。
結句「流れ来るかも」の「流る」は、雪などが空から降ってくるさまをいう。「かも」は詠嘆で、雪かと見まがう落花の美しさに感じ入って結ぶ。
ながる:雪や花びらなどが空から流れるように降る
- 作者
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大伴旅人
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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青柳梅との花を折りかざし 飲みての後は散りぬともよし
- 次の歌
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梅の花散らくはいづくしかすがに この城の山に雪は降りつつ