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春されば木末隠りて鴬ぞ
鳴きて去ぬなる梅が下枝に

歌の意味
春になると、木の梢に隠れていた鶯が、鳴いて移っていくようだ。梅の下枝に。
鑑賞
巻第五 雑歌 827

詞書は前の歌に続き「梅花の歌三十二首 并せて序」
 春になると梢に隠れていた鶯が、鳴きながら梅の下枝へ移っていくようだと詠む一首である。姿は見えず声で鶯の動きを捉えており、梅の木に集う春の気配を聴覚から描いている。
 天平二年正月十三日、大宰帥大伴旅人の邸宅に大宰府の官人や九州諸国の国司らが集い、庭の梅を題に詠み合った「梅花の宴」の歌三十二首の一首である。漢文の序は、初春の令月に気は良く風は和らぎ、梅は鏡の前の白粉のように白く開き、蘭は身に帯びた香のように薫ると記し、令和の元号の典拠となったことでも知られる。序は、中国の詩文に落梅の篇があるように、園の梅を題に短歌を詠もうと結ばれている。歌の末尾に「小典山氏若麻呂」とある。
 作者の山口若麻呂は、この時大宰小典の任にあった官人である。山氏を山口氏とするのは通説による。

 初句「春されば」は、春になると、の意で、季節の到来を示す。
 二句「木末隠りて」の「木末」は木の枝の先、梢をいい、そこに隠れて姿が見えない鶯を描く。
 三句「鴬ぞ」の「ぞ」は係助詞で、四句の「なる」で結ぶ係り結びである。
 四句「鳴きて去ぬなる」の「なる」は音や声から推定する助動詞で、鳴き声によって鶯が移っていくらしいと感じとる。ここで句が切れる四句切れで、結句と倒置の関係にある。
 結句「梅が下枝に」の「下枝」は下の方の枝で、鶯の行き先を最後に示す倒置によって、梅に焦点を結ぶ。

こぬれ:木の枝の先、梢
しづえ:下の方の枝
いぬ:去る、行ってしまう
作者
山口若麻呂
出典
万葉集
前の歌
うち靡く春の柳と我がやどの 梅の花とをいかにか分かむ
次の歌
人ごとに折りかざしつつ遊べども いやめづらしき梅の花かも