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梅の花手折りかざして遊べども
飽き足らぬ日は今日にしありけり

歌の意味
梅の花を手折って髪に挿して遊んでも、それでも飽き足りない日とは、今日のことであったのだ。
鑑賞
巻第五 雑歌 836

詞書は前の歌に続き「梅花の歌三十二首 并せて序」
 梅を手折って髪に挿して遊んでも、なお飽き足りないのは今日という日だと詠む一首である。宴の楽しさがどれほど尽くしても尽きないことを、今日という一日に焦点を当てて表している。
 天平二年正月十三日、大宰帥大伴旅人の邸宅に大宰府の官人や九州諸国の国司らが集い、庭の梅を題に詠み合った「梅花の宴」の歌三十二首の一首である。漢文の序は、初春の令月に気は良く風は和らぎ、梅は鏡の前の白粉のように白く開き、蘭は身に帯びた香のように薫ると記し、令和の元号の典拠となったことでも知られる。序は、中国の詩文に落梅の篇があるように、園の梅を題に短歌を詠もうと結ばれている。歌の末尾に「陰陽師礒氏法麻呂」とある。陰陽師は占いや暦をつかさどる官である。
 作者の礒氏法麻呂は、大宰府の陰陽師の任にあった官人である。礒氏を磯部氏とみる説がある。

 初句「梅の花」は、宴の主題である。
 二句「手折りかざして」は、手で折って髪に挿して、の意である。
 三句「遊べども」は逆接で、第八百二十八首の三句と同じ句を用いる。
 四句「飽き足らぬ日は」は、満足しきれない日は、の意である。
 結句「今日にしありけり」の「し」は強意、「けり」は気づきの詠嘆で、それは今日という日であったと結ぶ。

たをる:手で折り取る
あきだる:十分満足する
作者
礒氏法麻呂
出典
万葉集
前の歌
春さらば逢はむと思ひし梅の花 今日の遊びに相見つるかも
次の歌
春の野に鳴くや鴬なつけむと 我が家の園に梅が花咲く