妹が家に雪かも降ると見るまでに
ここだもまがふ梅の花かも
- 歌の意味
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恋しい人の家に雪が降っているのかと見えるほどに、しきりに入り乱れて散る梅の花であることよ。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 844
詞書は前の歌に続き「梅花の歌三十二首 并せて序」
恋しい人の家に雪が降るのかと見まがうほど、しきりに梅の花が散り乱れると詠む一首である。雪の見立てを用いながら、妹の家を思い浮かべて恋の情趣を添えている。
天平二年正月十三日、大宰帥大伴旅人の邸宅に大宰府の官人や九州諸国の国司らが集い、庭の梅を題に詠み合った「梅花の宴」の歌三十二首の一首である。漢文の序は、初春の令月に気は良く風は和らぎ、梅は鏡の前の白粉のように白く開き、蘭は身に帯びた香のように薫ると記し、令和の元号の典拠となったことでも知られる。序は、中国の詩文に落梅の篇があるように、園の梅を題に短歌を詠もうと結ばれている。歌の末尾に「小野氏国堅」とあり、官職は記されていない。
作者の小野国堅は、小野氏の人で、官職は記されていない。
初句「妹が家に」の「妹が家」は「いもがへ」と読み、恋しい女性の家をいう。
二句「雪かも降ると」の「かも」は疑問の係助詞で、雪が降るのかと見まがう心を表す。
三句「見るまでに」は、見えるほどに、の意で、第八百三十九首の「人の見るまで」と同じく見立ての程度を示す。
四句「ここだもまがふ」の「ここだ」はひどく、たくさんの意、「まがふ」は入り乱れて見分けがつかなくなる意である。
結句「梅の花かも」は、第八百二十八首の結句と同じ句で、詠嘆の「かも」によって梅への賛嘆を体言に託して結ぶ。
まがふ:入り乱れて区別がつかなくなる
- 作者
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小野国堅
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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梅の花折りかざしつつ諸人の 遊ぶを見れば都しぞ思ふ
- 次の歌
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鴬の待ちかてにせし梅が花 散らずありこそ思ふ子がため