我がやどに盛りに咲ける梅の花
散るべくなりぬ見む人もがも
- 歌の意味
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わが家の庭に盛りに咲いている梅の花は、もう散りそうになった。見てくれる人がいたらよいのに。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 851
詞書は前の歌に続き「後に梅の歌に追和する四首」
庭に満開の梅がもう散りそうになったので、見てくれる人がいてほしいと願う一首である。前歌と同じ結句を用い、盛りから散り際へと時間を進めて、見る人のいないさびしさを深めている。
題詞に「後に梅の歌に追和する四首」とあり、梅花の宴の後に、宴の歌に和して詠まれたものである。作者は記されていないが、宴の主人であった大伴旅人の作とみるのが通説である。
作者の大伴旅人は、大納言大伴安麻呂の子で、大伴家持の父である。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年に大納言となって帰京し、翌年に没した。漢詩文や老荘思想に通じ、大宰府で山上憶良らと文雅の交わりを結び、その集まりは筑紫歌壇と呼ばれる。
初句「我がやどに」は、自分の家の庭をいう。
二句「盛りに咲ける」は、満開に咲いている、の意で、前歌の「今盛りなり」を受ける。
三句「梅の花」は、前歌の三句と同じく歌の中心に置かれる。
四句「散るべくなりぬ」は、散りそうになった、の意で、ここで句が切れる四句切れである。前歌の盛りから散り際へと時が進んでいる。
結句「見む人もがも」は前歌と同じ結句で、二首を対にして、見る人のいないさびしさを重ねて結ぶ。
やど:家の庭先、屋敷
- 作者
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大伴旅人(推定)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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雪の色を奪ひて咲ける梅の花 今盛りなり見む人もがも
- 次の歌
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梅の花夢に語らくみやびたる 花と我れ思ふ酒に浮かべこそ