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松浦なる玉島川に鮎釣ると
立たせる子らが家道知らずも

歌の意味
松浦の玉島川で鮎を釣ろうと立っておられる娘たちの、家への道を私は知らないことだ。
鑑賞
巻第五 雑歌 856

詞書は前の歌に続き「蓬客等の更に贈る歌三首」
 玉島川で鮎を釣る娘子らの家に通う道を知らないと嘆く一首である。答歌で家は川上にあると聞きながら、その道を知らず訪ねられないもどかしさを表している。
 題詞の「蓬客」は、蓬のようにさすらう旅人の意で、序の語り手である作者自身をへりくだっていう。
 「松浦河に遊ぶ序」に始まる一連の一首である。序は、作者が松浦の県に出かけて玉島の淵のほとりを散策していると、魚を釣る娘子らに出会い、その美しさは仙女のようであったこと、娘子らは漁師の子で住む里も家もないと答えながら、偕老の契りを願ったことを記す。中国の神仙小説『遊仙窟』の趣向を取り入れた虚構の物語で、大伴旅人の作とみる説が有力だが、山上憶良の作とする説もある。
 作者の大伴旅人は、大納言大伴安麻呂の子で、大伴家持の父である。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年に大納言となって帰京し、翌年に没した。漢詩文や老荘思想に通じ、大宰府で山上憶良らと文雅の交わりを結び、その集まりは筑紫歌壇と呼ばれる。

 初句「松浦なる」は、松浦にある、の意で、所在を示す。
 二句「玉島川に」は、娘子らが釣りをする川で、前歌の「松浦川」をより具体的に言い換えている。
 三句「鮎釣ると」は、前歌の三句と同じ句で、三首を連ねる。
 四句「立たせる子らが」は、前歌の「立たせる妹が」を受け、「子ら」と複数の娘子を指す。
 結句「家道知らずも」の「家道」は家へ通う道で、「も」は詠嘆である。娘子の第八百五十四首が「家はあれど」と答えたのに対し、その道を知らないと応じて結ぶ。

いへぢ:家へ通じる道
作者
大伴旅人(推定)
出典
万葉集
前の歌
松浦川川の瀬光り鮎釣ると 立たせる妹が裳の裾濡れぬ
次の歌
遠つ人松浦の川に若鮎釣る 妹が手本を我れこそ巻かめ