若鮎釣る松浦の川の川なみの
並にし思はば我れ恋ひめやも
- 歌の意味
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若鮎を釣る松浦の川の川波のように、並ひととおりに思うのであれば、私はこれほど恋い焦がれるだろうか。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 858
詞書「娘等の更に報ふる歌三首」
並ひととおりの思いであれば、これほど恋い慕うことがあろうかと、娘子らが答える一首である。蓬客の求婚に対し、自分たちの思いも深いことを伝えて、恋を受け入れる姿勢を示している。
題詞に「娘等の更に報ふる歌三首」とあり、蓬客の三首に娘子らが答えた形をとるが、物語全体の作者の手になるものである。
「松浦河に遊ぶ序」に始まる一連の一首である。序は、作者が松浦の県に出かけて玉島の淵のほとりを散策していると、魚を釣る娘子らに出会い、その美しさは仙女のようであったこと、娘子らは漁師の子で住む里も家もないと答えながら、偕老の契りを願ったことを記す。中国の神仙小説『遊仙窟』の趣向を取り入れた虚構の物語で、大伴旅人の作とみる説が有力だが、山上憶良の作とする説もある。
作者の大伴旅人は、大納言大伴安麻呂の子で、大伴家持の父である。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年に大納言となって帰京し、翌年に没した。漢詩文や老荘思想に通じ、大宰府で山上憶良らと文雅の交わりを結び、その集まりは筑紫歌壇と呼ばれる。
初句「若鮎釣る」は、前の蓬客の歌の三句を受けて、娘子の側から歌い起こす。
二句「松浦の川の」は、第八百五十七首の二句「松浦の川に」を受ける。
三句「川なみの」は、川の波の意で、「なみ」の音から次の「並」を導く。初句から三句までが序詞である。
四句「並にし思はば」の「並」はありふれた、並ひととおりの意で、「川なみ」と同音で掛けられている。
結句「我れ恋ひめやも」の「めやも」は反語で、並の思いならこれほど恋するだろうか、いやしないと結ぶ。
かはなみ:川の波。ここでは同音の「並」を導く
なみ:並、ありふれた程度
- 作者
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大伴旅人(推定)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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遠つ人松浦の川に若鮎釣る 妹が手本を我れこそ巻かめ
- 次の歌
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春されば我家の里の川門には 鮎子さ走る君待ちがてに