春されば我家の里の川門には
鮎子さ走る君待ちがてに
- 歌の意味
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春になると、私の家のある里の川の渡り場では、鮎の子が勢いよく走り回っている。あなたを待ちかねて。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 859
詞書は前の歌に続き「娘等の更に報ふる歌三首」
春になると里の川の渡り場で若鮎が勢いよく泳ぎ回る、あなたを待ちきれずにと詠む一首である。跳ねる若鮎に、恋人の訪れを待ちわびる娘子の心のはやりを重ねている。
題詞に「娘等の更に報ふる歌三首」とあり、蓬客の三首に娘子らが答えた形をとるが、物語全体の作者の手になるものである。
「松浦河に遊ぶ序」に始まる一連の一首である。序は、作者が松浦の県に出かけて玉島の淵のほとりを散策していると、魚を釣る娘子らに出会い、その美しさは仙女のようであったこと、娘子らは漁師の子で住む里も家もないと答えながら、偕老の契りを願ったことを記す。中国の神仙小説『遊仙窟』の趣向を取り入れた虚構の物語で、大伴旅人の作とみる説が有力だが、山上憶良の作とする説もある。
作者の大伴旅人は、大納言大伴安麻呂の子で、大伴家持の父である。神亀年間の末に大宰帥として筑紫に下り、天平二年に大納言となって帰京し、翌年に没した。漢詩文や老荘思想に通じ、大宰府で山上憶良らと文雅の交わりを結び、その集まりは筑紫歌壇と呼ばれる。
初句「春されば」は、春になると、の意で、季節を示す。
二句「我家の里の」の「我家」は「わぎへ」と読み、わが家のある里をいう。娘子が自分の里へと誘う意がこもる。
三句「川門には」の「川門」は川の渡り場、川幅の狭くなった所をいう。
四句「鮎子さ走る」の「さ」は接頭語で、若鮎が勢いよく走るように泳ぐさまを描く。ここで句が切れる四句切れである。
結句「君待ちがてに」の「がてに」は、…しきれずに、の意で、あなたを待ちかねてと、倒置によって鮎の姿に娘子の心を重ねて結ぶ。
かはと:川の渡り場、川幅の狭い所
あゆこ:鮎の子、若鮎
わぎへ:わが家
- 作者
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大伴旅人(推定)
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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若鮎釣る松浦の川の川なみの 並にし思はば我れ恋ひめやも
- 次の歌
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松浦川七瀬の淀は淀むとも 我れは淀まず君をし待たむ