足姫神の命の魚釣らすと
み立たしせりし石を誰れ見き
- 歌の意味
-
足姫の神の命が魚をお釣りになろうとして、お立ちになった石を、誰が見たことがあるだろうか。
- 鑑賞
-
巻第五 雑歌 869
詞書は前の歌に続き「憶良、誠惶頓首謹みて啓す」
神功皇后が魚を釣ろうとしてお立ちになった石を、いったい誰が見たことがあろうかと詠む一首である。松浦に伝わる神功皇后の伝説の地を挙げ、自分もその石を見たかったという思いをにじませている。神功皇后が玉島川で鮎を釣って戦いの吉凶を占った伝説は、『古事記』や『日本書紀』にみえる。
歌の後に「一に云ふ」として三句を「鮎釣ると」とする別の伝えが記される。ここでは本行の形に従う。
題詞の書簡で憶良は、国の長官や大宰府の長官は定めに従って管内を巡行し、その風俗を視察するものと聞いているが、心に思うことは多くても口には出しがたいので、謹んで三首の歌によって胸の内のふさぎを晴らしたいと述べる。旅人が松浦の地を巡行したのに、憶良は同行できなかったことを嘆く歌とみられている。左注に天平二年七月十一日、筑前国司山上憶良が謹んで奉ったとある。
作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。
初句「足姫」は、息長足日女命すなわち神功皇后をいう。本巻の第八百十四首の鎮懐石の伝説と同じ皇后である。
二句「神の命の」は、神である貴い方の、の意で、皇后を神としてたたえる。
三句「魚釣らすと」の「す」は尊敬の助動詞で、魚をお釣りになろうとして、の意である。
四句「み立たしせりし」は、お立ちになっていた、の意で、「み」と「し」を重ねて深い敬意を表す。
結句「石を誰れ見き」の「き」は過去の助動詞で、その石を誰が見たことがあろうかと問いかけて結ぶ。
たらしひめ:神功皇后の名。息長足日女命の略
- 作者
-
山上憶良
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
松浦県佐用姫の子が領巾振りし 山の名のみや聞きつつ居らむ
- 次の歌
-
百日しも行かぬ松浦道今日行きて 明日は来なむを何か障れる