百日しも行かぬ松浦道今日行きて
明日は来なむを何か障れる
- 歌の意味
-
百日もかかるわけではない松浦への道だ。今日行って明日には帰って来られるのに、何が妨げているのだろう。
- 鑑賞
-
巻第五 雑歌 870
詞書は前の歌に続き「憶良、誠惶頓首謹みて啓す」
百日もかかる遠い道ではなく、今日行けば明日は帰れる松浦への道なのに、何が妨げて行けないのかと嘆く一首である。筑前守として任地を離れられない身の上をにじませ、三首の結びとしている。
題詞の書簡で憶良は、国の長官や大宰府の長官は定めに従って管内を巡行し、その風俗を視察するものと聞いているが、心に思うことは多くても口には出しがたいので、謹んで三首の歌によって胸の内のふさぎを晴らしたいと述べる。旅人が松浦の地を巡行したのに、憶良は同行できなかったことを嘆く歌とみられている。左注に天平二年七月十一日、筑前国司山上憶良が謹んで奉ったとある。
作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。
初句「百日しも」は、百日もの意で、「し」「も」が強調を添える。
二句「行かぬ松浦道」は、百日もかかるわけではない松浦への道、の意である。
三句「今日行きて」は、今日出かけて、の意である。
四句「明日は来なむを」は、明日には帰って来られるだろうに、の意で、逆接の「を」で次へ転じる。
結句「何か障れる」の「か」は疑問の係助詞で、「障れる」の連体形で結ぶ係り結びである。何が妨げているのかと、行けないもどかしさを結ぶ。
ももか:百日
さやる:妨げられる、さえぎられる
まつらぢ:松浦へ行く道
- 作者
-
山上憶良
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
足姫神の命の魚釣らすと み立たしせりし石を誰れ見き
- 次の歌
-
遠つ人松浦佐用姫夫恋ひに 領巾振りしより負へる山の名