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ひともねのうらぶれ居るに竜田山
御馬近づかば忘らしなむか

歌の意味
皆がしょんぼりと沈んでいるのに、竜田山に御馬が近づいたなら、あなたは私たちのことをお忘れになってしまうのだろうか。
鑑賞
巻第五 雑歌 877

詞書は前の歌に続き「書殿にて餞酒する日の倭歌四首」
 残される者たちが皆うちしおれているのに、都に近い竜田山にさしかかったら、あなたは自分たちを忘れてしまうのだろうかと詠む一首である。都を目前にした旅人の喜びを思いやりながら、置いていかれる者の寂しさを率直に表している。
 題詞に「書殿にて餞酒する日の倭歌四首」とある。天平二年の冬、大納言に任じられて帰京する大伴旅人のために、大宰府の書殿で開かれた送別の宴での和歌で、「倭歌」は漢詩に対して和歌をいう。作者は記されていないが、続く三首と同じく山上憶良の作とみるのが通説である。
 作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。

 初句「ひともねの」は難解な語で、皆一様に、の意と解されている。
 二句「うらぶれ居るに」の「うらぶる」は心がしおれて悲しむ意で、送る側の人々の沈んだ様子をいう。
 三句「竜田山」は、大和と河内の境にある山で、難波から都へ向かう途中にあり、ここを越えると都は近い。
 四句「御馬近づかば」は、旅人の乗る馬が竜田山に近づいたならば、の意である。
 結句「忘らしなむか」の「し」は尊敬の助動詞「す」の連用形で、お忘れになってしまうだろうかと案じて結ぶ。

うらぶる:心がしおれる、悲しみに沈む
みま:御馬。貴人の乗る馬
作者
山上憶良(推定)
出典
万葉集
前の歌
天飛ぶや鳥にもがもや都まで 送りまをして飛び帰るもの
次の歌
言ひつつも後こそ知らめとのしくも 寂しけめやも君いまさずして