大伴の御津の松原かき掃きて
我れ立ち待たむ早帰りませ
- 歌の意味
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大伴の御津の松原を掃き清めて、私は立って待っていよう。早くお帰りください。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 895
詞書は前の歌に続き「好去好来の歌一首 反歌二首」
難波の御津の松原を掃き清めて立って待っているから、早く帰ってきてほしいと願う一首である。帰りを待つ者の具体的な行動を示すことで、無事の帰国を切に祈る心を表している。
天平五年、遣唐大使多治比広成が唐へ出発するにあたり、山上憶良が航海の無事と早い帰国を祈って贈った「好去好来の歌」の反歌である。「好去好来」は、よく行き、よく帰れの意である。長歌では、大和の国は皇神の厳しき国、言霊の幸はふ国であると語り起こし、海の神々や天地の神々、大和の大国御魂が船を導き守って、使いを終えて帰る日には値嘉の崎から難波の御津の浜へまっすぐに着くようにと祈る。左注に天平五年三月一日に憶良の家で対面し、三日に献上したとある。
作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。
初句「大伴の」は、難波の御津一帯がもと大伴氏の領地であったことから「御津」にかかる枕詞である。
二句「御津の松原」は、遣唐使船の発着した難波の港の松原をいう。
三句「かき掃きて」は、掃き清めて、の意で、大切な客を迎える準備をいう。
四句「我れ立ち待たむ」の「む」は意志で、立って待っていようと述べ、ここで句が切れる四句切れである。
結句「早帰りませ」は、長歌の結句と同じ句を繰り返し、早くお帰りくださいと願って結ぶ。
みつ:御津。難波の港
- 作者
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山上憶良
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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世間を憂しとやさしと思へども 飛び立ちかねつ鳥にしあらねば
- 次の歌
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難波津に御船泊てぬと聞こえ来ば 紐解き放けて立ち走りせむ