水沫なすもろき命も栲縄の
千尋にもがと願ひ暮らしつ
- 歌の意味
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水の泡のようにもろい命であっても、栲縄のように千尋もの長さであってほしいと願いながら日を過ごしてきた。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 902
詞書は前の歌に続き「老身に病を重ね、年を経て辛苦し、及び児等を思ふ歌七首 長一首短六首」
水の泡のようにもろい命でも、長い栲縄のように千尋も続いてほしいと願って日を過ごしたと詠む一首である。死を思うほど苦しみながらも、子のために長く生きたいと願う心の揺れを表している。
老いた身に重い病を得て年を経て苦しみ、また子らを思う歌七首のうちの短歌で、七首は長歌一首と短歌六首からなる。長歌では、人の命の限りは平穏であってほしいのに、老いの身に病まで加わって、昼は嘆き夜はため息をつき、いっそ死のうと思っても騒ぐ子らを捨てては死ねないと嘆く。左注に天平五年六月三日の作とある。
作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。
初句「水沫なす」は、水の泡のように、の意で、はかないもののたとえである。
二句「もろき命も」は、壊れやすい命であっても、の意である。
三句「栲縄の」は、楮の繊維で作った縄の意で、長いものとして「千尋」にかかる枕詞である。
四句「千尋にもがと」の「千尋」は非常に長いことで、「もが」は願望を表す。
結句「願ひ暮らしつ」の「つ」は完了で、そう願いながら日を過ごしてきたと結ぶ。初句の「水沫」の短さと四句の「千尋」の長さが対比されている。
みなわ:水の泡
たくづな:楮の繊維で作った白い縄
ちひろ:非常に長いこと。「尋」は両手を広げた長さ
- 作者
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山上憶良
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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荒栲の布衣をだに着せかてに かくや嘆かむ為むすべをなみ
- 次の歌
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しつたまき数にもあらぬ身にはあれど 千年にもがと思ほゆるかも