しつたまき数にもあらぬ身にはあれど
千年にもがと思ほゆるかも
- 歌の意味
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物の数にも入らない取るに足りない身ではあるが、千年も生きたいと思われることだ。
- 鑑賞
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巻第五 雑歌 903
詞書は前の歌に続き「老身に病を重ね、年を経て辛苦し、及び児等を思ふ歌七首 長一首短六首」
物の数にも入らない取るに足りない身ではあるが、千年も生きていたいと思われると詠む一首である。前歌の願いをさらに進め、卑下しつつも生への強い執着を素直に認めている。
歌の後に、去る神亀二年にこれを作ったが、内容が類似しているのでここに載せるという注記がある。この注記は歌の本文ではないので除いている。
老いた身に重い病を得て年を経て苦しみ、また子らを思う歌七首のうちの短歌で、七首は長歌一首と短歌六首からなる。長歌では、人の命の限りは平穏であってほしいのに、老いの身に病まで加わって、昼は嘆き夜はため息をつき、いっそ死のうと思っても騒ぐ子らを捨てては死ねないと嘆く。左注に天平五年六月三日の作とある。
作者の山上憶良は、大宝元年に任じられた遣唐使の少録として唐に渡った官人で、帰国後は伯耆守や東宮に仕える役などを経て、神亀年間の末に筑前守として筑紫に赴任した。人生の苦しみや家族への情愛、貧しさなど、暮らしに根ざした主題を、漢籍や仏典の教養を背景に詠んだ歌人として知られる。
初句「しつたまき」は、倭文で作った粗末な腕輪の意で、取るに足りないものとして「数にもあらぬ」にかかる枕詞である。
二句「数にもあらぬ」は、物の数にも入らない、取るに足りない、の意である。
三句「身にはあれど」は六音の字余りで、そういう身ではあるけれど、と逆接で転じる。
四句「千年にもがと」は、千年も生きたいと、の意で、前歌の「千尋にもがと」と同じ形を用い、長さの尺度を縄から年月へと移している。
結句「思ほゆるかも」の「かも」は詠嘆で、自然にそう思われることだと結ぶ。
しつたまき:倭文で作った粗末な腕輪
しつ:倭文。古代の日本の織物
- 作者
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山上憶良
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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水沫なすもろき命も栲縄の 千尋にもがと願ひ暮らしつ
- 次の歌
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若ければ道行き知らじ賄はせむ 黄泉の使負ひて通らせ