年のはにかくも見てしかみ吉野の
清き河内のたぎつ白波
- 歌の意味
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毎年このように見たいものだ。み吉野の清らかな河内に激しく流れる白波を。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 908
詞書は前の歌に続き「反歌二首」
毎年このようにして、み吉野の清らかな河内に逆巻く白波を見たいものだと願う歌である。直前の長歌(第九百七首)は「養老七年癸亥の夏五月、芳野の離宮に幸せる時に、笠朝臣金村が作る歌」と題され、養老七年(723)五月、元正天皇の吉野行幸に従った折の作である。長歌が吉野の秋津の宮を神代から定められた地として讃えたのを受け、この反歌は行幸がこの先も毎年繰り返されることへの願いを、激流の白波という一つの景に集めて述べている。
「年のはに」「見てしか」と、年ごとに繰り返し見ることを願う言い方は、土地を讃えることがそのまま天皇の御代の永続を祝うことにつながる、行幸従駕歌の型に沿ったものである。巻六は、この養老七年の吉野行幸の歌から始まり、宮廷歌人たちの行幸讃歌が年次を追って並ぶ構成をとっている。
作者の笠金村は奈良時代前期の歌人で、元正天皇から聖武天皇の時代にかけて行幸に従い、多くの讃歌を残した宮廷歌人である。山部赤人と並び、この時期を代表する歌人とされる。
反歌二首は、本歌が「清き河内のたぎつ白波」、次歌の第九百九首が「滝の河内は見れど飽かぬかも」と、ともに「河内」を詠み込み、吉野川の激流を二つの角度から讃える対をなしている。
初句「年のはに」は、毎年という意味で、行幸がこれから先も年ごとに行われることを前提とした言い方である。
二句「かくも見てしか」は、このように見たいものだの意である。「かく」は今まさに眼前にしている景を指し、「てしか」は自己の願望を表す終助詞である。ここで意味が切れる二句切れの歌である。
三句「み吉野の」の「み」は美称の接頭語で、吉野を尊んで呼ぶ言い方である。長歌の「み吉野の秋津の宮」を受けている。
四句「清き河内の」は、吉野川が山あいを曲がって流れ、川に囲まれた土地の清らかさを讃える。「清き」は吉野讃歌に繰り返し用いられる語で、長歌の「山川を清みさやけみ」と響き合う。
結句「たぎつ白波」は、逆巻いて流れる白波の意で、体言止めによって眼前の激流の景を鮮やかに印象づけている。二句の「かくも」が指すものが、この結句で明らかになる構成である。
としのは:毎年、年ごと
かふち:川が曲がって流れ、川に囲まれた土地
たぎつ:水が激しく逆巻いて流れる
- 作者
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笠金村
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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布施置きて我れは祈ひ祷むあざむかず 直に率行きて天道知らしめ
- 次の歌
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山高み白木綿花におちたぎつ 滝の河内は見れど飽かぬかも