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み吉野の秋津の川の万代に
絶ゆることなくまたかへり見む

歌の意味
み吉野の秋津の川が万代まで絶えることがないように、絶えることなく、また繰り返しここに来て見よう。
鑑賞
巻第六 雑歌 911

詞書は前の歌に続き「或本の反歌に曰く」
 み吉野の秋津を流れる川のように、万代までも絶えることなく、再びここに来て見ようと誓う歌である。養老七年(723)五月の元正天皇の吉野行幸の折の長歌(第九百七首)に、別の本で反歌として添えられていた三首の二首目にあたる。
 絶えず流れる川に行幸の永続を重ね、何度でも訪れようと述べることで、天皇の御代が長く続くことを祝っている。下の句「絶ゆることなくまたかへり見む」は、柿本人麻呂の吉野讃歌の反歌、巻第一の第三十七首「見れど飽かぬ吉野の川の常滑の絶ゆることなくまたかへり見む」の下の句と同じであり、人麻呂の先例を踏まえて吉野讃歌の伝統に連なろうとした作である。
 「或本の反歌」とは、別の本に伝えられた反歌の意で、第九百十首から第九百十二首までの三首がこれにあたる。本文の反歌二首とは別に、同じ長歌に添えられた形で伝わったものを、編者が併せて載せたのである。
 作者の笠金村は奈良時代前期の歌人で、元正天皇から聖武天皇の時代にかけて行幸に従い、多くの讃歌を残した宮廷歌人である。山部赤人と並び、この時期を代表する歌人とされる。

 本歌の「万代に」の語は、本巻の第九百二十一首「万代に見とも飽かめや」の初句と共通し、神亀二年の吉野行幸でも金村が同じ語で永続の願いを述べている。
 初句「み吉野の」の「み」は美称の接頭語で、吉野を尊んで呼ぶ言い方である。
 二句「秋津の川の」は、吉野の離宮のあった秋津のあたりを流れる吉野川を指す。長歌の「み吉野の秋津の宮」を受けており、「の」は、のようにの意で次の「絶ゆることなく」を導く比喩の働きをしている。
 三句「万代に」は、万年の後までもの意で、川の流れの永遠性と行幸の永続とを重ねている。
 四句「絶ゆることなく」は、川の流れが絶えないことと、自らが訪れることが絶えないこととを一つに言い表している。人麻呂の第三十七首と同じ句である。
 結句「またかへり見む」は、再びここに来て見ようの意で、「む」は意志を表す助動詞である。永続への願いを自らの決意として述べて一首を結んでいる。

あきづ:吉野川の宮滝付近の地名。吉野の離宮があった
よろづよ:万年、限りなく長い年月
かへりみる:再び来て見る
作者
笠金村
出典
万葉集
前の歌
神からか見が欲しからむみ吉野の 滝の河内は見れど飽かぬかも
次の歌
泊瀬女の造る木綿花み吉野の 滝の水沫に咲きにけらずや