泊瀬女の造る木綿花み吉野の
滝の水沫に咲きにけらずや
- 歌の意味
-
泊瀬の女たちが造る木綿花が、み吉野の激流の水の泡となって咲いたではないか。
- 鑑賞
-
巻第六 雑歌 912
詞書は前の歌に続き「或本の反歌に曰く」
泊瀬の女たちが造る木綿花が、み吉野の激流の水しぶきとなって咲いたではないかと、激流の白い泡を木綿花に見立てて讃える歌である。養老七年(723)五月の元正天皇の吉野行幸の折の長歌(第九百七首)に、別の本で反歌として添えられていた三首の三首目にあたる。
泊瀬は現在の奈良県桜井市初瀬のあたりで、木綿花の産地として知られていたと考えられる。遠い泊瀬の女たちの手わざが吉野の川で花開いたという発想で、神事に用いる白い木綿花に見立てることで、激流のしぶきに神々しさを添えている。
「或本の反歌」とは、別の本に伝えられた反歌の意で、第九百十首から第九百十二首までの三首がこれにあたる。本文の反歌二首とは別に、同じ長歌に添えられた形で伝わったものを、編者が併せて載せたのである。
作者の笠金村は奈良時代前期の歌人で、元正天皇から聖武天皇の時代にかけて行幸に従い、多くの讃歌を残した宮廷歌人である。山部赤人と並び、この時期を代表する歌人とされる。
激流のしぶきを木綿花に見立てる趣向は、本文の反歌である第九百九首の「白木綿花におちたぎつ」と同じであり、本歌はそれを一首全体の見立てへと広げている。
初句「泊瀬女の」は、泊瀬の地の女たちの意である。泊瀬は大和の東部、初瀬川の流域の地である。
二句「造る木綿花」は、女たちが楮の繊維で作る白い造花を指す。ここまでが結句の「咲き」の主語となる。
三句「み吉野の」の「み」は美称の接頭語で、泊瀬から吉野へと場面を移している。
四句「滝の水沫に」は、激流の水の泡にの意である。白く泡立つ水しぶきを、咲いた木綿花として捉えている。
結句「咲きにけらずや」は、咲いたではないかの意で、「にけり」に打消の「ず」と疑問の「や」が付いた反語の形によって、驚きと感動を強く表している。
はつせめ:泊瀬の地の女
ゆふばな:楮の繊維で作った木綿を花に見立てたもの。神事に用いる
みなわ:水の泡、水しぶき
たき:激しく流れる急流
- 作者
-
笠金村
- 出典
-
万葉集
- 前の歌
-
み吉野の秋津の川の万代に 絶ゆることなくまたかへり見む
- 次の歌
-
滝の上の三船の山は畏けど 思ひ忘るる時も日もなし