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千鳥泣くみ吉野川の川音の
やむ時なしに思ほゆる君

歌の意味
千鳥が鳴くみ吉野川の川音がやむ時がないように、絶え間なく思われるあなたよ。
鑑賞
巻第六 雑歌 915

詞書は前の歌に続き「或本の反歌に曰く」
 千鳥が鳴くみ吉野川の川音が絶えることがないように、やむ時もなく思われるあなたよと、離れている人への思いを詠む歌である。車持千年の長歌(第九百十三首)に、別の本では反歌として添えられていた二首の一首目にあたる。
 吉野の川音を讃える景を序詞として用い、それを旅先で離れた人を思う心へと結びつけている。長歌の「紐解かぬ旅にしあれば」の結びを受け、行幸に従う旅の中で家の人を思う心を述べたものとみられる。
 この一連の左注には「右は年月審らかならず。ただし歌の類を以てこの次に載す。或本に云はく、養老七年五月、芳野の離宮に幸せる時に作る」とある。作歌の年月は不明であるが、同じ吉野の歌であるため笠金村の養老七年(723)の吉野行幸の歌の次に置かれたもので、別の本ではこの行幸の折の作と伝えている。
 作者の車持千年は奈良時代前期の宮廷歌人で、伝は未詳である。笠金村、山部赤人と同じ時期に行幸に従って歌を詠んだ人物である。

 本歌に詠まれた千鳥は、本巻の第九百二十五首「清き川原に千鳥しば鳴く」でも吉野の川原の景として詠まれ、吉野の川辺を象徴する鳥となっている。
 初句「千鳥泣く」は、千鳥が鳴くの意で、次の「み吉野川」を修飾し、川辺の景を描き出す。
 二句「み吉野川の」の「み」は美称の接頭語である。初句からここまでで吉野川の景を示している。
 三句「川音の」は、川の流れる音のようにの意である。初句から三句までが、絶えない川音を介して「やむ時なしに」を導く序詞となっている。
 四句「やむ時なしに」は、やむ時もなくの意で、川音が絶えないことと思いが絶えないことの両方に掛かり、序詞と本旨をつないでいる。
 結句「思ほゆる君」は、自然に思われるあなたの意である。「思ほゆ」は自然とそう思われる意で、体言止めによって相手への呼びかけのような余韻を残している。

ちどり:水辺に群れて鳴く小鳥
かはおと:川の流れる音
おもほゆ:自然と思われる、思い出される
作者
車持千年
出典
万葉集
前の歌
滝の上の三船の山は畏けど 思ひ忘るる時も日もなし
次の歌
あかねさす日並べなくに我が恋は 吉野の川の霧に立ちつつ