あかねさす日並べなくに我が恋は
吉野の川の霧に立ちつつ
- 歌の意味
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幾日も日を重ねたわけでもないのに、私の恋しさは吉野の川の霧となって立ち続けている。
- 鑑賞
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巻第六 雑歌 916
詞書は前の歌に続き「或本の反歌に曰く」
旅に出てまだ幾日も経っていないのに、私の恋しさは吉野川の霧となって立ちのぼり続けていると、離れた人への思いを詠む歌である。車持千年の長歌(第九百十三首)に、別の本では反歌として添えられていた二首の二首目にあたる。
恋の嘆きの息が霧となって立つという発想で、吉野川に立ちこめる霧を自らの恋の姿として捉えている。旅立って間もないのにもう恋しいという心情を、吉野の景に重ねて述べたものである。
この一連の左注には「右は年月審らかならず。ただし歌の類を以てこの次に載す。或本に云はく、養老七年五月、芳野の離宮に幸せる時に作る」とある。作歌の年月は不明であるが、同じ吉野の歌であるため笠金村の養老七年(723)の吉野行幸の歌の次に置かれたもので、別の本ではこの行幸の折の作と伝えている。
作者の車持千年は奈良時代前期の宮廷歌人で、伝は未詳である。笠金村、山部赤人と同じ時期に行幸に従って歌を詠んだ人物である。
前歌の第九百十五首が絶えない川音に思いを託したのに対し、本歌は川に立つ霧に恋を託しており、或本の反歌二首は、音と霧という吉野川の二つの景によって同じ思いを詠み分けている。
初句「あかねさす」は、茜色に照り映えるの意で、「日」にかかる枕詞である。
二句「日並べなくに」は、日数を重ねてもいないのにの意で、「なくに」は打消の「ず」に「に」が付いた逆接の言い方である。旅に出て間もないことを示している。
三句「我が恋は」は、係助詞「は」で自らの恋心を主題として取り立て、下の句の景へと続けている。
四句「吉野の川の」は、行幸の地である吉野川を示し、長歌で讃えた清らかな川原の景を受けている。
結句「霧に立ちつつ」は、霧となって立ち続けているの意で、「に」は、としての意、「つつ」は動作の継続を表す。恋の嘆きの息が霧になるという発想を、吉野川の霧に重ねて一首を結んでいる。
ひならぶ:日数を重ねる
- 作者
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車持千年
- 出典
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万葉集
- 前の歌
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千鳥泣くみ吉野川の川音の やむ時なしに思ほゆる君
- 次の歌
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沖つ島荒磯の玉藻潮干満ち い隠りゆかば思ほえむかも