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沖つ島荒磯の玉藻潮干満ち
い隠りゆかば思ほえむかも

歌の意味
沖の島の荒磯の美しい藻は、潮が満ちて隠れていったならば、恋しく思われることだろうか。
鑑賞
巻第六 雑歌 918

詞書は前の歌に続き「反歌二首」
 沖の島の荒磯に見えている美しい藻が、潮が満ちて海中に隠れてしまったら、さぞ恋しく思われるだろうと詠む歌である。引き潮の今しか見られない玉藻の美しさを惜しむことで、玉津島の景を讃えている。
 直前の長歌(第九百十七首)は「神亀元年甲子の冬十月五日、紀伊国に幸せる時に、山部宿祢赤人が作る歌」と題され、神亀元年(724)十月、即位したばかりの聖武天皇の紀伊国行幸に従った折の作である。長歌は、雑賀野から見える沖の島、玉津島山を神代から尊い地として讃えている。玉津島は現在の和歌山市和歌浦にあたり、当時は海に浮かぶ小島であった。
 左注には「右は年月を記さず。ただし玉津島に従駕すと称ふ。因りて今、行幸の年月を検へ注して以て載す」とある。もとの資料には年月がなく、玉津島への行幸に従った時の作とだけ伝えられていたため、編者が行幸の年月を調べて題詞に記したことがわかる。
 作者の山部赤人は奈良時代前期の宮廷歌人で、聖武天皇の時代を中心に行幸に従い、多くの歌を残した。官位や経歴は明らかでないが、清らかな叙景歌に優れ、古今和歌集の仮名序では柿本人麻呂と並び称されている。

 反歌二首は、本歌が「潮干満ち」と玉藻が隠れていくさまを想像し、次歌の第九百十九首が「潮満ち来れば」と満ち潮の中を飛ぶ鶴を描いて、潮の満ちる時間の推移を二首でたどる構成をとっている。
 初句「沖つ島」は、沖にある島の意で、長歌の「沖つ島」を受け、玉津島を指すとみられる。「つ」は「の」の意の古い連体助詞である。
 二句「荒磯の玉藻」は、波の荒い磯に生える美しい藻の意で、「玉」は美称である。長歌の「玉藻刈りつつ」を受けている。
 三句「潮干満ち」は、潮が引いていた磯に潮が満ちての意で、長歌の「潮干れば」を受けて、干潮から満潮への移り変わりを描く。
 四句「い隠りゆかば」の「い」は接頭語で、隠れていったならばの意である。未然形に「ば」が付いた仮定の条件で、まだ起こっていないことを想像している。
 結句「思ほえむかも」は、恋しく思われることだろうかの意で、推量の「む」と詠嘆の「かも」によって、見えなくなった後の名残惜しさを先取りして述べている。

おきつしま:沖にある島
ありそ:波の荒い磯
たまも:美しい藻。玉は美称
しほひ:潮が引くこと、干潮
いかくる:隠れる。いは接頭語
おもほゆ:自然と思われる、恋しく思われる
作者
山部赤人
出典
万葉集
前の歌
あかねさす日並べなくに我が恋は 吉野の川の霧に立ちつつ
次の歌
若の浦に潮満ち来れば潟をなみ 葦辺をさして鶴鳴き渡る